★★雑種犬アイラを中心としたサイトです♪★★☆内容・画像・等の転用禁止です。いちおう… BY: lassie a.k.a  Ellie a.k.a Islay The Mutt a.k.a  アイラっち


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志村どうぶつ園の公式サイトに 特別編~涙と奇跡のどうぶつ物語~ のページ

「 志村どうぶつ園 特別編~涙と奇跡のどうぶつ物語~ 」の各ストーリーのサマリーが、天才!志村どうぶつ園のサイトに、アップされていました!

特設ページはこちら!クリック!

忠犬コロ ( 忠実犬タロー ) への直リンクはこちら!

感動物の再現VTRは、ストーリーからしてもう泣けてくる内容のものだったりして、ぶっちゃけ誰が演じていても、泣けてくるものだと思います。ノンフィクションには適いません。決して演じてるものの力ではないとは分かっています。ただ、せめて、アイラが演じることによって、元となった実話の感動を壊さないでいれたらのなら、と思います。全てのストーリーの再現、よかったですね。あ... オランウータンの中のお方(?)には本当にご苦労様!といった感じですが。あの体勢、腰にきそう、とか思ってみていました!?!

今日まで毎日予定があって、お出かけが続いていたので、なかなかちゃんとブログがアップできなかったのですが、今度、トレーナー視点でのお気に入りのシーン(ストーリーの中でのお涙ちょうだいシーンとは異なったりします)について、書こうかなーと思っています。

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私の一番のお気に入りのシーンはこちらです ↑ 。実は、何かが映り込んでしまっていますが、目立たないからOK。これ、ハリウッド動物映画でも、私がついつい探してしまったりするものでもあります。さて、何だか分かる人、見つけられる人、いるかな?俳優犬トレーニングを意識してされてる方なら、分かるんじゃないかな?



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実話の記事

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45年越しの待ち人 タローは駅に通い続けた (朝日新聞)


http://www.asahi.com/national/update/0619/TKY200906190306.html




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 タローは石岡駅で誰を待っていたのだろう。朝夕2回、決まって現れた。待合室に座り、改札口を通る乗降客をじっと見ていた。待ちくたびれると、同じ道をまた引き返していった。


 茨城県石岡市立東小学校で飼われていた雑種犬。1964(昭和39)年に、迷い込んできた。しばらくして駅通いが始まった。


 駅までは約2キロ。学校の正門を出て歩道橋を駆け上り、車の多い国道6号を西へ向かう。横断歩道を渡って坂を下り、交差点を右折、常磐線の踏切を渡ると駅が見えてくる。赤と青を見分け、ちゃんと信号を守った。


 先生や児童たちみんなに愛されていた。たいていは職員室の教頭の机の下にいた。登校時間になると、1年生の教室を順番に回る。自分で戸を開けて入り、教室の隅で児童を見守った。昼休みは校庭で「給食」。好物のマーガリンと飲み残しの牛乳を子どもたちにもらった。


 寄り道をして帰ることもあった。駅前の定食屋とそば屋はなじみの店だ。よく立ち寄ってはごちそうになった。そんなときは帰りが夜7時を回った。


 いまだったら、たちまち捕獲されて処分されるに違いない。当時は高度成長期を迎え、人々が豊かになり始めた時代。社会は寛容さを備えていた。


 72年に校長として赴任した橋本千代寿さん(88)は、タローとの8年間の思い出を大切にしている。夏休みのある日、「店の玄関にお宅の犬がいる」と駅前のスーパーから電話があった。迎えに行くと、店内から流れてくる冷房の効いた風を受けて、ちゃっかり涼んでいた。


 「犬はつないでおいて下さい」と保健所に2度、注意された。「黙認してほしい」と嘆願した。保健所長は黙っていた。


 主人を思って駅へ通っていたというのが地元の見方だ。「そう思うと不憫(ふびん)でね。そんな犬を鎖でつないでおけますか」。橋本さんは保健所の指導に背いたことをいまも後悔していない。


 橋本さんが退職した翌81年の夏、タローは死んだ。20歳近いとみられる。全校生で追悼式をして土浦市内の寺に葬った。


 晩年のタローは一日中、職員室で寝ていた。しかし、時間になると起き上がり、学校を出て行った。駅通いは動けなくなるまで続いたというから、最後まで「主人」が現れることはなかったのだろう。


    ◇


 「その犬は多分、45年前に迷子になった愛犬コロです」。行方市で住宅設備会社を営む成島亮子さん(50)から連絡があった。


 コロは63年に生後4カ月で家にやってきた。当時、成島さんは5歳。自宅から200メートルの鹿島鉄道(07年に廃線)玉造町駅で電車に乗り、幼稚園のある11駅目の石岡駅へ通っていた。


 玉造町駅への送迎は、家業の陶磁器店で忙しい両親に代わって、コロがしてくれた。毎朝、一緒に電車に乗り込んできた。成島さんが座席に着いて、頭をなでてやると、電車を降りて引き返していった。帰りは駅の待合所で待っていた。


 翌64年のある朝、頭をなで忘れたのか、コロは電車を降りずに、石岡駅まで付いてきてしまう。「お嬢ちゃんの犬?」と、改札口で駅員に聞かれた。犬を乗せたことを怒られると思って首を振った。コロは追い払われた。それが最後になった。


 ショックで熱を出し、10日間寝込んだ。父の良昌さん(85)は石岡駅周辺へ6回も捜しに行った。コロは教室をのぞきに3度、幼稚園に現れた。だが、園が捕捉しそこねてしまい、その後の消息はつかめずにいた。


 その年、1匹の犬が石岡東小に迷い込む。しばらくして、朝夕の石岡駅通いを始めた。一方、成島さんは翌年に卒園すると、石岡駅を使うこともなくなり、その犬を見ていない。


 茶色いオスの雑種、垂れた耳、剛毛。それに同小創立50周年記念誌に載った犬の写真。「タロー」と呼ばれたその犬こそ、コロに間違いないと、成島さんと両親は確信している。


 コロは81年の夏に死ぬまで石岡駅に通い続けた。ずっと自分を捜していたと思うと、胸が痛む。「あの時、駅員にウソさえつかなければ」。45年間抱き続けてきた自責の念にさいなまれる。もっと捜せばよかったと、改めて思う。「でも、コロがみんなに愛されていたとわかり、救われる思いがします」


 12年前の誕生日に、三つ上の姉から贈られた手作り絵本を宝物にしている。題名は「コロ」。傷心の妹を慰めるためだった。絵本を開くたびに涙がでる。最後のページに、こう書かれているからだ。「ゆめでもあいたいと、コロはきょうも駅にいます」(長田寿夫)

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石岡市立東小学校にはタローの石碑、凄くかわいいね。こちらに写真が

↑ には、タローはNHKで放送されたってあるけど、あの再現VTRと共に流れた実際の映像がそれかな?どう見ても、素人が撮ったとは思えない映像だったので、きっとTVが追ったものだろうな、とは思ったけど、それかな?
by angeline | 2009-12-21 00:50 | ペットモデルPetsIn ShowBiz